インターネットは道具です。そしてこの道具はその価値と使い方を正しく利用すると今までの常識を覆す結果をもたらします。
2008年3月8日発行号
目次♪
1:新着情報
2:伸びる会社は知っている!→話しを単純にする人の答えは
閑話休題:心を1gだけ軽くする一言。投資という概念〜
3:実践テクニック編!〜文章力という宝(19)〜
4:プロが教えない話外伝!〜最高の資産〜
それでは始まりです!!!
■Web担当者 現場のノウハウ Vol.10
http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4844325132
■ミック連載
◎【第8回】楽天市場は営利団体。そのリスクとメリット
http://www.mic-japan.co.jp/home/BLOG/archives/2008/02/post_325.html
インプレスR&D ウェブ担当者フォーラム<最新号>
■Web担心得心得其の六十二
「AirMacが示唆する未来。Googleとムーアの法則の果実」
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2008/03/05/2756
結論はいつも単純なものです。
真理のレベルにまで落としこめば殆どのことが単純に解釈できます。
例えばヒルズ族といわれた成金連中が「もっとお金を」と動く行動原理をアスキー創業者の西和彦さんは「今100億円持っているとしたら、次に考えるのは『どうすれば200億円になるか』」だとインタビューで答えていました。
つまり、得たお金でできることや手にできるものへの興味ではなく、「金が欲しい」という単純な欲望に従うからだといいます。
売り上げ不振の会社も「単純」にならせば「努力不足」の一語に尽きてしまいます。
ちょっと厳しいでしょうが、諸処の事情を削ぎ落とした先に待っている答えです。
時代の変化は努力不足を正当化する理由になりません。
変化(時代)への適応をごく当たり前の日常業務でなければならないのです。
だって、「創業」の多くは「時代の要請」なのですから。
物流の発達で可能になったビジネスに、情報機器の発達の恩恵に浴したり、高齢化社会と福祉政策により成立している商売もそうです。
もちろん、すべて栄枯盛衰。
今日が永遠に続くワケではありません。
はい、もちろん私の商売も。
経営不振を単純に落とせば「努力不足」で片づけられてしまい、嘘ではありませんが危険です。
大上段に構えて大所高所から「断じた」のはこの危険な行為を知って貰うための「前フリ」です。
単純に議論を進めようとする人は前述のような「偉そうな意見」をいいたがります。
そして、往々にして「究極」の彼岸に到着し、そこに反論の余地はなく多くの参加者は自信を喪失します。
では、「結論」に続く答えはというと……みんなで考えろというシーンに何度も出くわしました。
習って「結論」をいいます。
「話しを単純にする人の答えは単純」。
論理的思考能力が少ないんですね。
誤解のないように補足しておきますが、複雑な話しを単純化して説明するには、高い論理的思考が求められますが、とにかく「単純」にしたがる人は論理構成の組立が「できない」からこういいます。
「ようするに」「結局は」「結論からいいたまえ」。
自分の読解力のなさを隠す……いや、能力不足すら気づかずに、低い自分のレベルに引きずり込むのです。
単純が幅を利かせるのは前段で記したように、削ぎ落としていくと「努力不足」とすべてに当てはまる「真理」に帰結してしまうからです。
しかし、哲学と商売は別の世界の話しです。
単純は総論にはありですが、各論で使うと危険です。
……と、ここまで進めてマッチポンプのようですが、一概に「単純が危険」とするのもまた単純な話しです。
今回パラドックスを覚悟でこの論を進めたのは、そこそこ歴史のある企業に巣くう「単純派」が会社の「伸びる」を阻害していることが多く、この点の指摘のためにです。
時代の変化と単純さ。
意外と関係があります。
続きます。
ミックの連載の中で「取り組みは未来への投資」としてと綴ったところ担当者に「ミヤワキさんらしい」と評価を頂きました。
私は「投資的価値」を重視します。
書籍代を惜しまず、超ミーハー的にあちらこちらへと出没しますが、「フランス人基準のレストラン」などはまずいきません。
投資に見合った効果が計算できないからです。
ラーメン屋の行列も同じ。
こちらは時間を浪費します。
時間とお金は同義です。
ブログやメルマガを始めた当初から「読まれる」ことを意識して書いてきましたが、それでもアマチュアだったと気がついたのは、著作の執筆中に編集が校正した原稿との違いです。
大筋が変わることはありませんが、前後の入れ替えや補足を入れることで読みやすさが格段に良くなっているのです。
しかし、当時は「骨身にしみる」ほどわかったわけではありませんでした。
追い立てられるスケジュールで実力不足を見ないふりをしていたのです。
痛感したのは週刊連載を始めて3ヶ月ほど経った頃です。
読まれるだけではだめだと今更ながら気がつきました。
面白おかしく言葉を弄んでも通じなければ意味はなく、同じ意味ならより深く、そして簡潔で明瞭に伝えることの大切さを知ったのです。
それから半年近くは「倍の原稿を書いて削る」と自分に課題をだしました。
まぁ大変です。
しかし、文章は一度書くと同時に沢山の人に伝えることができます。
だからこそより良い文章をと。
過去の自分と同じ様な相談を受けたとして、なんと答えるのかに窮してしまいます。
だって自分じゃありませんからね。
何せ真っ当な大人から見れば無謀の一語に尽きます。
新しい概念が受け入れられなければ、次々と「取引終了」していくのですから。
今でも取引があるのは1社だけです。
しかし、過信と笑われようが自分の考えに自信がありましたので、引くわけにはいきません。引くことは自説の敗北を意味し、つまりはクライアントを裏切ることと同義です。
そこでその概念を「自社」で実戦したのです。
本やセミナーで学んだお題目ではなく実戦経験がその後の幸運を手繰り寄せました。
親の遺産も名前がない私にとっての最高の資産は「実戦経験」です。
すべての無名企業に通じます。
あのとき、目先の取引を優先して生活の安定を求めていたら手に入らなかった資産です。
が、しかし。
他人からの相談なら「ちょっと考えろ」と制するかも知れません。
虎の穴にはいるぐらいの危険が待っていますから。